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甲斐大和

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観光案内

甲斐大和(かいやまと)は、山梨県甲州市にある武田勝頼の町。戦国時代、活躍した大名武田勝頼の最後の場所として知られる。勝頼が自害した場所や徳川家康が武田家の為に建立した景徳院などがあり、ここに勝頼と妻の墓所がある。戦国時代の終わりを告げる物語が静かに語られる町である。

観光情報
駐車場【有】
トイレ【有】
景徳院周辺にあり。

アクセス
JR中央線甲斐大和駅周辺。


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詳細案内

甲斐大和

種類:歴史観光 武田信玄

1582年、織田信長の長男・信忠によって高遠城が落城すると、勝頼と彼の家臣は家族を連れて岩殿城まで退去する事を決める。岩殿城は甲斐と相模の国境に有り、一族の小山田氏によって支配されていた。ここまで落ち延びて小田原北条氏の援助のもと捲土重来を図る。しかし、3月9日に小山田は勝頼を裏切り岩殿城の門を硬く閉ざした。すでに、4000千の信忠の軍勢に包囲されていた勝頼は、天目山を目指す。ここで、武田信玄の孫・信勝を元服させ、甲斐武田氏の最後の当主とする。元服に使われた武田家の家宝盾無しは元服の後、別の地に運ばれた。

鳥居畑の戦いで破れ、自害する。享年37歳。後に、武田家の菩提寺として景徳院が建てられた。信勝や北条夫人と共に静かに眠る。