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姫路城

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観光案内

姫路城(ひめじじょう)は、兵庫県姫路にある城郭。日本で最も美しい城であり、現存する十二天守の1つ。天守のみならず、城郭の殆どの遺構が残る日本で唯一の城であり、その歴史的価値から、国宝に指定されユネスコの世界遺産にも登録されている日本を代表する壮大な城である。別名白鷺城と呼ばれる白塗りの美しい城である。国宝に指定された天守の他に、現存する櫓や門などの建築物の多くは重要文化財に指定され、城趾全体は国の特別史跡に指定されている。

観光情報
駐車場【有】
トイレ【有】

料金:大人600円、子供200円
入場時間:9:00~17:00(最終入城は16:00まで)夏期は18:00まで。

アクセス
姫路駅より徒歩。


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姫路城

天守:現存天守
城郭の種類:平山城
天守構造:五重六層 複合連結式天守
築城年:1346年(天守1609年)
築城主:赤松貞範

日本の百名城の1つ。白鷺城(はくろじょう)の別称でも知られる。姫路城は現存する天守を有し、櫓や門など殆どの建造物が現存し、戦国時代の城の構造を完全に残す唯一の城郭である。天守を始め、8棟が国宝に指定され、74棟の各種建造物が重要文化財に指定されている。また、ユネスコの世界遺産にも登録されている。

姫路城は室町時代に、播磨国守護の赤松氏によって姫山と呼ばれた山の上に築城されたのが始まりである。

戦国時代には、黒田孝高(如水)が城代となり、1580年信長の命により播磨平定を果たした羽柴秀吉に孝高は姫路城を献上した。その後、秀吉の中国攻めの拠点として重要な地位を占める。秀吉は石垣で城郭を囲い、天守を建築し城下町を城の南に形成させた。その後天下統一を果たした秀吉は大阪に居城を移し、代わって弟の秀長が入城。後木下家定が入城する。

1600年に関ヶ原の戦いの線香により、池田輝正が播磨52万石で入城した。徳川家康は西国牽制の為に、巨大な城郭の築城を輝政に命じ1601年より8年かけて現在の城郭を形成した。

城郭は、典型的な平山城で、天守のある姫山と西の丸のある鷺山を中心に城下町を内包した総構えの構造と成っている。姫山を中心に内堀、中堀、外堀の3重の水堀で囲まれている。

内堀で囲まれた内曲輪は、天守や櫓御殿などの城の中枢で、中堀で囲まれた内曲輪は武家屋敷、外堀で囲まれた外曲輪は町人や寺町がおかれていた。その為日本では珍しい、城郭都市と成っていた。同じ構造は小田原城や江戸城が揚げられる。

城郭を形成する、石垣は見事で打ち込み接ぎ、算木積み、扇の勾配と高度な築城技術によって造られている。石垣の上に立てられた城壁には射撃用の狭間が設けられている。狭間には丸形、三角方、長方形方があり、長方形方は弓、他は鉄砲狭間である。本丸天守丸へと続く経路は迷路の様に構成され、各所に迎撃ようの砦や枡形などが配置されている。

姫路城の天守は現存天守で日本の天守では最大規模を誇る。5重6階の大天守と3重の小天守3基が渡櫓で連結された構成で、複合連立式天守、望楼型天守と呼ばれる。防火、耐火、鉄砲の防御の為に白漆喰で総塗されている。実用的な側面の他にも美観を兼ね備える役割も果たしている。その為に威風堂々な姿に優美さを兼ね備えた天守閣となっている。

天守の高さは約31.5mで日本最大級の木造建築物である。また石垣の高さは約15m、姫山の標高が45.6mあり、合計で海抜92mの高さになる。

天守内には、地下には厠や台所。1階2階には武者走りを廻した構造で、3階には武者走りのほかに破風部屋と武者隠など城塞としての様々な装備が見られる。

西の丸は櫓群とそれを結ぶ渡櫓があり、北端には化粧櫓が残っている。化粧櫓は1618年に建てられた。渡櫓は長局と呼ばれ、侍女の部屋がある。西の丸からの天守が最も壮麗な姿で知られる。

オフィシャルホームページ http://www.city.himeji.lg.jp/guide/castle/

(参照:オフィシャル案内現地観光情報等)