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浅草寺

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観光案内

浅草寺(せんそうじ)は、東京浅草にある寺院。年間3000万人の参拝者が訪れる東京最大の観光名所である。浅草寺は浅草観音としても知られ、創建は628年と古く、東京で最も古い寺院である。雷門から続く参道の仲見世通りは江戸時代より有名な出店通りで、現在も様々なお土産が販売されている。三社祭を始め一年を通じて様々な催し物が開かれる、東京で最も賑やかな場所であり、下町を代表する寺院である。

観光情報
駐車場 【有】
トイレ 【有】

拝観料:無料
参拝時間:終日

アクセス
浅草駅より徒歩。

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周囲の地図情報 浅草寺

詳細案内

宗派:聖観音宗
寺格:総本山
開基:土師中知
創建:628年
正式名称:金龍山 浅草寺

浅草寺は東京で最も古い寺院である。創建は628年と伝えられる。江戸浦にて、漁師の檜前浜成・竹成の兄弟が一躰の観音像を引き上た。郷司土師中知はこれを拝し聖観世音菩薩であると知り帰依し、自宅を寺院と改めて、礼拝供養に生涯を捧げた。645年に、勝海上人がこの地を訪れ観音堂を建立し、夢告により御本尊秘仏と定める。その為、本尊の開帳は行われていない。

観音堂の建立以来、浅草への参拝者は少しずつ増え、それに伴い町が発展した。平安時代には、慈覚大師が来山し、お前立の御本尊を謹刻する。その後も、鎌倉時代から江戸時代までも信仰篤く、庶民から有名な武将も参拝に訪れる名刹となる。

江戸時代に入り、徳川家康によって幕府の祈願所と定められ、堂塔の造営が行われ江戸文化の中心として発展していく。また江戸の発展と参勤交代の制度により浅草の参拝は大変な人気を集めた。江戸時代中期になると、境内西側奥の通称「奥山」と呼ばれる区域では大道芸などが行われるようになり、境内は庶民の娯楽の場となった。今日の浅草観光は江戸時代より既に始まっていた。現在は年間3000万人が参拝する日本有数の観光地である。

本堂(かんのんどう)
現在の観音堂は鉄筋コンクリート造りの本瓦葺である。1945年に戦災消失した旧本堂と同形態である。旧本堂は、徳川家光の建立とされる。

宝蔵門
入母屋造の二重門。門の背面左右には魔除けの巨大なわらじが吊り下げられている。山形県村山市からの寄進の作品である。

雷門
浅草のシンボルとも結うべき雷門の大提灯がある。この提灯は三社祭と台風到来の時だけ畳まれる。

五重塔
1648年の建立である。現在の塔は戦災で消失の後、1973年に再建された。スリランカのイスルムニヤ寺院から到来した仏舎利が安置されている。

二天門 重要文化財
本堂東の門。切妻造の八脚門。1618年建立で、戦災でも焼け残った数少ない現存建築物である。

三社祭
東京で最も有名な御輿祭りである。毎年5月上旬に催される。明治の神仏分離によって、正確には、境内にある分離した浅草神社が主体と成って行われる。

オフィシャルホームページ http://www.senso-ji.jp/

(参照:オフィシャル情報)

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