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岡崎城

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観光案内

岡崎城(おかざきじょう)は、愛知県岡崎にある平山城。徳川家康が生まれた城である。天守は再建され、歴史資料館として様々な資料が展示してある。遺構は石垣や堀があり、本丸を中心に当時の遺構を良く残す。天守以外にも城門などが再建されている。城郭は日本で4番目に大きい規模であった。日本の百名城の1つに選ばれている。

観光情報
駐車場【有】
トイレ【有】

岡崎城家康館共通券:大人500円、子供270円 団体割引有り
入場時間:9:00~17:00(入館16:30まで)

アクセス
愛知環状線中岡崎駅より徒歩。

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周囲の地図情報 岡崎城

詳細案内

天守:外観復元天守
城郭の種類:平山城
天守構造:3重3階 複合連結式望楼型
築城年:1452年
築城主:西郷頼嗣

岡崎城は15世紀前半、に西郷頼嗣によって築城されたのが始まりである。1531年に家康の祖父である松平清康が奪い取り城主となった。清康は改修拡張を行い岡崎城と称した。1542年、徳川家康が松平広忠の嫡子として生まれる。その後、家康は織田信秀・今川義元と人質として少年時代を過ごす。その間、岡崎城は今川氏の城代によって治められた。

1560年、桶狭間の戦いで今川義元が討たれると、家康は岡崎城に戻り、自立。その後、1570年に遠州浜松に本拠地を移すまで過ごす。家康の後は嫡男信康が岡崎城主となる。

信康が1579年に自刃すると、家康の関東移封まで徳川の重臣達によって城代が勤められた。移封の際、豊臣秀吉が家康に対する押さえとして、田中吉政が入城し、大規模な城郭の拡張を行う。

江戸時代は、神君出生の城として城代になる事が名誉な城となる。天守は、3層3階地下1階の複合天守が建てられていた。

岡崎城の城下町は東海道沿いに立ち、宿場町として大いに栄えた。

現在は、天守、門が復元され本丸には護国神社が鎮座する。

オフィシャルホームページhttp://okazakipark.com/museum/ka171.htm

(参照:オフィシャル案内現地観光情報等)

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