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天武・持統天皇陵

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観光案内

天武・持統天皇陵(てんむ・じとうてんのうりょう)は、奈良県明日香村にある古墳。天武天皇と持統天皇が合葬されている。天武天皇は第40代天皇で壬申の乱に勝利し、律令制の基礎を築いた天皇で知られる。領土を拡大し、巨大な中央集権を行い天皇親政の政治を行った。古事記や日本書紀の編纂も行った古代日本の礎を築いた天皇である。天武天皇の皇后である、持統天皇と供に埋葬されている。御陵の名称は檜隈大内陵である。東西58m、南北45m、高さ約9mの円墳状の古墳である。

観光情報
駐車場【有】
トイレ【無】

アクセス
飛鳥駅から徒歩20分。

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周囲の地図情報 天武・持統天皇陵

詳細案内

種類:古墳 天武天皇 持統天皇

天武天皇・持統天皇陵は、奈良県明日香村にある古墳。御陵は檜隈大内陵(ひのくまおおうちのみささぎ)である。墳丘は

壬申の乱(672年)に勝利し、東西58m、南北45m、高さ約9mの円墳状の古墳で、皇后でもあった持統天皇と合葬されている。鎌倉時代1235年に盗掘され、その際の記録である「阿不幾乃山陵記」に墳丘・前室・墓室内の様子の記載がある。墳形は八角形で五段築成、周囲に石段をめぐらすという。切石積の石室は2室からなり、天武天皇の夾紵棺の金銅製骨蔵器が納められている。古代の天皇陵としては珍しく治定に間違いないとされる。

天武天皇
天武天皇は第四十代天皇。舒明天皇と皇極天皇の子として生まれる。天智天皇の弟で、672年・壬申の乱に勝利し天皇に即位する。飛鳥浄御原宮を造営し、律令制の基礎を築いた。天武天皇は皇親政治を行い、要職には皇族を付けた。有力な豪族の力を排除し権力を天皇個人に集中させ日本史上にまれな権力集中を成し遂げた天皇である。古代に置ける天皇専制を確率させた天皇であり、古事記や日本書紀を編纂し、武力を強化し現在の日本の基本を築いた天皇である。

持統天皇
天智天皇の娘であり、天武天皇の皇后、そして第四十一代天皇である。壬申の乱以降天武天皇を補佐し、孫の文武天皇が成人するまでの間天皇を務めた。持統天皇の政策は天武天皇の政策を引き継ぎ完成させたものである。飛鳥浄御原宮の他に藤原京の造営も行った。703年に崩御され、火葬されたのち、天武天皇と同じ御陵に埋葬された。

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