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諏訪大社上社前宮

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観光案内

諏訪大社上社本宮(すわたいかみしゃもとみや)は、諏訪湖を取り巻く諏訪大社の一つ。信濃国一宮で名神大社。諏訪大社の歴史は古く、古事記の中で出雲の国譲りのさい、大国主の次男である建御名方命が、国譲りに反対し、武甕槌命と戦い敗北し、諏訪まで逃れ王国を築いたという。諏訪大社の起源は、この神話にあるといわれている。その為日本で最も古い神社の一つとされる。幣拝殿と片拝殿のみで本殿を持たない、諏訪造りという独持の様式である。本殿の代わりに、御神山を直接拝する造りである。徳川家康が造営寄進したと言う四脚門など貴重な建造物が数多く残っている。六棟は国の重要文化財に指定。また東門から廻廊は見事な作りで神々しさがある。

観光情報
駐車場 【有】
トイレ 【有】
宝物殿 【有】

拝観料:無料
参拝時間:終日

アクセス
JR中央線茅野駅より徒歩。

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周囲の地図情報 諏訪大社上社前宮

詳細案内

主祭神:建御名方命(たけみなかたのみこと)
創建:神代 
主な神事:諏訪大社式年造営御柱大祭(御柱祭)御頭祭(上社例大祭)4月15日

諏訪大社は全国2万5000社ある諏訪神社の総本社。通称、「諏訪さま」、「諏訪大明神」等とも呼ばれる。諏訪湖の南側に上社本宮・前宮の二宮、北側に下社春宮・秋宮の二宮から成る。また各社殿の四隅には御柱(おんばしら)が経っている。拝殿のみで本殿が無く、ご神体をそのまま本殿とするなど、他の神社と比べると独特な形式を取っている。太古の昔より、軍神として崇拝され、「関より東の軍神、鹿島、香取、諏訪の宮」と謡われており、坂上田村麻呂も蝦夷征伐の際、戦勝を祈願したとされる。また、狩猟、漁業の守護祈願でも知られる。

幣拝殿と片拝殿のみで本殿を持たない、諏訪造りという独持の様式である。本殿の代わりに、御神山を直接拝する造りである。徳川家康が造営寄進したと言う四脚門など貴重な建造物が数多く残っている。六棟は国の重要文化財に指定。また東門から廻廊は見事な作りで神々しさがある。

境内の中央に東宝殿、西宝殿と言う二棟の茅葺の建物がある。本宮でもっとも重要な御社殿である。軒からは干天の日でも最低三粒は水滴が落ちると言われ、諏訪大社が水の守護神として崇敬される根元になっている。

1582年に織田信長の武田氏攻めの際の戦火によって、山中に逃れた神輿以外全て建物は一度焼失している。その後再建され、1617年に完成した。現在の社殿は、1838年に立川和四郎二代目富昌によって設計建築された。旧社殿は富士見町諏訪神社に移築されている。1608年に徳川家康が大久保長安に命じ、社殿を囲む四脚門を造営寄進したもので、本宮では最古の現存建築物である。神楽殿も江戸時代の建築で、1827年に建立した。

御柱祭
正式名称は、式年造営御柱大祭。諏訪大社の祭儀で最も有名な大祭。6年に1度社殿の建替と四隅の御柱新しくする神事である。起源は古く古代まで遡る。4月の山出し、5月下社宝殿遷座祭、5月里曳き・建御柱、6月15日上社宝殿遷座祭と続いて行われる。次回は2016年。

御柱の用材は樅の木が使われ、三年前から御用材の選定等準備が始まり、上社関係は約二十五キロ隔たる八ケ岳の中腹から、下社関係は八島高原の近くから 約十キロの里程を曳き出しされる。

柱は、周囲3メートル、長さ16メートル、重さは12、3トンの巨木である。独特の木遣り歌と共に千人から二、三千人の人々により曳行される。特に、急坂を巨木が滑り落ちる姿は圧倒的な迫力を誇る。川の引き渡りも荒く勇壮な神事として有名な祭りである。

伝説の力士雷電の銅像がある。

オフィシャルホームページ http://suwataisha.or.jp/

(参照:オフィシャル情報)

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