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三浦安針塚

観光案内

三浦安針塚(みうらあんじんづか)は、神奈川県横須賀にある三浦按針の墓。三浦按針は本名ウィリアム・アダムス。戦国時代徳川家康の信任を得た外国人で、帰化して三浦按針となる。元は英国の航海師で、家康の外交顧問となった他に、砲術、造船術、航海術など様々な西洋技術を家康に伝えた。外国人で唯一大名となり所領が与えられた。1622年に55歳で平戸で没した。按針の遺言で、この地に妻と共に供養塔が建てられている。桜の名所として知られ、かながわの景勝50選にも選ばれている。

観光情報
駐車場【無】
トイレ【有】

アクセス
安針塚駅より徒歩。


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詳細案内

三浦安針塚

墓石は、江戸時代の宝筺印塔で、国指定の史跡に指定されている。右が按針、左が妻の墓である。三浦按針ことウィリアム・アダムスは1564年にイギリスのケントリジンガムで生まれる。後海軍に入り航海長や船長を務め、東洋探索隊に加わり、リーフデ号の航海長として1598年に東洋へ向かう。1600年に、台風に遭い遭難。豊後国に漂着。徳川家康によって厚く保護される。その後、家康の外交・政治顧問として活躍し、三浦の地を与えられる。その時に帯刀を許され、家康の旗本となる。その後日本人の女性と結婚し一男一女をもうける。

家康の没後、鎖国体制となり立場が弱くなると、長崎の平戸へ移動しそこで没する。享年57歳。

(参照:オフィシャル案内現地観光情報等)