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金印公園

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観光案内

金印公園(きんいんこうえん)は、福岡県の博多湾の先の玄界灘に浮かぶ志賀島にある公園。金印が発見された場所である。1784年に発見された金印は、後漢の光武帝が倭の奴国の使者にあたえたと伝えられ、漢委奴国王の刻印がある。発見された金印は現在福岡市博物館に展示されている。公園の展望台からは博多湾や能登島が見られる。公園はサクラが有名で知られている。

観光情報
駐車場【有】
トイレ【有】
売店 【無】

アクセス
JR香椎線西戸崎より徒歩。

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周囲の地図情報 金印公園

詳細案内

種類:歴史公園

《国宝の金印》は、江戸時代中ごろの天明四年(1784年)2月23日(今日の暦で4月12日)に、今の福岡市東区の志賀島から 発見されました。この金印は、一辺の長さが2.3センチメートル、高さが2.2センチメートル、重さが108.7グラムの大きさで、ほぼ純金でつくらえています。

印面には、「漢/委奴/國王」の5文字が彫られています。つまみ(鈕・ちゅう)は蛇がとぐろを巻いた姿で、ひもを通す孔(あな)/(鈕孔・ちゅうこう)には紫色のひも(綬・じゅ)が結ばれていたものと考えられています。
中国の歴史書「後漢書」倭伝(かでん)に「建武中元(けんむちゅうげん)2年(57)倭の奴国貢(なこくみつ)ぎを奉って朝賀(ちょうが)す。・・・光武賜(こうぶたま)うに印綬(いんじゅ)を以てす。」と書いてあり、弥生時代に最も栄えた国のひとつで福岡平野にあった奴国の王が、後漢の都・洛陽(らくよう)に使節を派遣(はけん)し、光武帝から贈られたのがこの金印です。

 金印は、大切な公文書(こうぶんしょ)や手紙の封印(ふういん)に使われました。封印の方法、文書や手紙を入れた 筥を紐(ひも)でしばり、その結び目に付けた粘土に押して封をしたもので、文書の秘密を守るカギの役目を果たしています。この金印は、一世紀の日本と中国の交流を証明する貴重な文化財であり、福岡市博物館に常設展示されています。    

(参照:福岡市文化芸術振興財団記述文書より)

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