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後藤又兵衛の墓

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観光案内

後藤又兵衛の墓(ごとうまたべえのはか)は、大分県中津市にある史跡。大阪夏の陣で生き延びた後藤又兵衛が秀頼とともにこの地にたどり着き、豊臣家再興を願った。しかし秀頼が病死し、悲観にくれた又兵衛もこの地で自刃したと伝えられる。現在の墓は1763年に、伊福茂助が建てた墓である。

観光情報
駐車場【有】
トイレ【有】

アクセス
国道212号線から県道702号線を南に。

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周囲の地図情報 後藤又兵衛の墓

詳細案内

種類:戦国武将の墓 後藤又兵衛基次
後藤又兵衛は、戦国時代に活躍した武将。黒田家に仕え、関ヶ原の戦いなどで武勲を立てる。大隈城を所領されたが、1606年に黒田長政の下を出奔する。その後、大阪の陣で豊臣方に招かれ真田雪村などとともに活躍するが、伊達政宗の家臣片倉小十郎に討ち取られた。
伝説によると、又兵衛は大阪の陣を秀頼を連れて生き延びて、豊後日出にたどり着き豊臣家再興を夢見たが、秀頼の病死により希望を失った又兵衛は伊福の地で自刃したと伝えられる。

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