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伏見城

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観光案内

伏見城(ふしみじょう)は、京都府伏見にある平山城。1592年、豊臣秀吉によって築城された城で、秀吉が亡くなった城でもある。秀吉の隠居所として築城された城で絢爛豪華な城であったと伝えられ、秀吉の死後は徳川家康が入城し、関ヶ原の戦いの主戦場の1つでもある。徳川家康の重臣、鳥居元忠が、関ヶ原の戦いの前哨戦として、この城を守り抜き壮絶な玉砕を遂げる。現在は、伏見桃山城運動公園として整備され、模擬天守が建つ。

観光情報
駐車場【有】
トイレ【有】

料金:無料
入場時間:終日
天守は閉鎖されている。

アクセス
桃山駅より徒歩15分。

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周囲の地図情報 伏見城

詳細案内

天守:模擬天守
城郭の種類:平山城
天守構造:不明
築城年:1592年
築城主:豊臣秀吉

伏見城は豊臣秀吉が、隠居後の居城として1592年に築城した城。秀吉は1594年に入城し、1596年に完成する。その2年後1598年に、秀吉はこの城で没する。

秀吉の死後、豊臣秀頼は伏見城から大坂城に移り、徳川家康が代わりに入城した。1600年関ヶ原の戦いの前哨戦として、西軍の石田三成に攻め込まれる。城代として城を守護していた鳥居元忠は伏見城を死守したが、圧倒的な兵力差があり、まもなく落城し、多くの建物は焼失する。

1602年に家康によって再建されるが、1619年に廃城され、建物は様々な場所に移築されている。その一部は現存し、福山城や二条城で見ることが出来る。

現在は、伏見桃山城運動公園として整備されており、模擬天守が建つ。しかし、外観は史実とは関係無い。閉鎖されていて入る事は出来ない。

(参照:オフィシャル案内現地観光情報等)

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